英語原文からの翻訳です。訂正歓迎します。
静岡の黒おでん――串は自分で鍋から、仕上げにいわしの粉を
静岡のおでん鍋のつゆは、黒と言っていいほど濃い。初めて覗き込んだ人は、煮詰まりすぎているのだろうと思うはずだ。そうではない。牛すじと濃口醤油が、ずいぶん長いあいだこの鍋を育ててきた。そして具はすべて竹串に刺さったまま立っていて、腹を空かせた者に引き上げられるのを待っている。
二本の路地と、ひとつの鍋
静岡駅から歩いて十分、地元の人が「シンボルロード」と呼ぶ広い緑地の裏手に、細い路地が二本、並んで走っている。青葉横丁と青葉おでん街だ。建物は平屋、カウンターは六席か八席、鍋は肘の高さで、客と作り手のあいだに据えられている。多くの店は夕方に開き、休みは不定期。七時に歩いた路地でも、シャッターが上がっている店の顔ぶれは先週とは半分ほど入れ替わっている。
黒はんぺんと、あの粉
最初の一串は黒はんぺん(黒はんぺん)がいい。日本のほかの土地で売られている白くふんわりしたはんぺんとは違い、いわしをすり身にした灰黒色の練り物だ。運ばれてくると、だし粉(だし粉)が振りかけてある。乾したいわしと鯖を粉末にしたもので、たいていは青のりの入った振り筒が隣に置かれている。大根、こんにゃく、卵、牛すじも同じつゆに入り、同じ色になって出てくる。会計は串単位。皿にたまった食べ終わりの串の本数が、そのまま勘定になる。
ここでは、おでんは注文するというより、手を伸ばして取るものだ。
おでん鍋を守ってきた駄菓子屋
静岡のもうひとつのおでんカウンターは、駄菓子屋(駄菓子屋)だ。学校帰りの子どもたちのために、鍋がずっと火にかけられてきた。小銭を出して一串か二串を買い、低い台のそばに立って食べ、帰っていく。その店は年々減っている。小学校の近くでまだ開いているところは、定年をとうに過ぎた人が守っていることが多い。
静岡では、駄菓子屋の鍋に串が立っているのが当たり前だった。
メニューのない店に入る
英語の表記はどこにもない。路地の店では、そもそも何も書かれていないこともある。鍋そのものがメニューなのだ。食べたいものを指さし、本数を指で示す。最初にまとめて頼まず、食べながら串を足していけばいい。席が欲しければ夕方の早い時間に。現金を忘れずに。
Drafted with AI assistance · published daily · reviewed by the Welcl Buddy editorial collective on a rolling basis. Corrections welcome at designloversko@gmail.com.