英語原文からの翻訳です。訂正歓迎します。
花のあとの弘前――喫茶店と禅林街、洋館の町
十二月、午後四時。土手町の光は、もう琥珀色を帯びている。商店の上の階にある喫茶店の窓は、内側から白く曇っている。細い階段を上りきった玄関では、並んだスノーブーツが敷かれた新聞紙にしずくを落とす。カーテンの奥では、カウンターのサイフォンがこぽこぽと音を立て、空になったカップを前に誰かが地元紙をめくっている。青森県西部の弘前は、毎年春の二週間、城の堀が桜色に染まるころにはホテルがどこも満室になる。けれど残りの季節は、毎朝同じ顔ぶれがパン屋に集まる、小さな元城下町だ。そしてこの町は、いちばんいい部屋を寒い季節に訪れる人のためにとってある。
桜が隠している町
弘前公園は弘前城を囲んで広がっている。その天守は、江戸時代から残る全国十二の現存天守のひとつだ。天守の下の石垣を積み直すあいだ、天守はジャッキで持ち上げられ、レールに載せて内側へ移された。地元で「曳屋(ひきや)」と呼ばれる工法だ。訪れたときに天守がどこにあるかは工事の進み具合しだいで、公園の管理事務所が現在の段階を掲示している。シーズンを外れると堀は静まりかえり、門と門を結ぶ園路にはほとんど人影がない。西には岩木山が見える。津軽平野はこのひとつきりの火山を中心に広がっていて、晩秋からは山頂が白く雪をかぶる。
静かだからといって、退屈な町ではない。弘前は津軽藩の拠点だった町で、いまもこの規模の町には多すぎるほどの寺や教会、古い喫茶店がある。急がずに歩いても、二日あればおおかた回れる。そしてどこも、軒に雪が積もっているほうが美しい。
土手町で飲む「藩士の珈琲」
弘前は「珈琲の街」を名乗っていて、その由来は1850年代にさかのぼる。蝦夷地、つまりいまの北海道の北方沿岸の警備に送られた津軽藩士たちには、冬ごとに命を奪っていた浮腫病の薬として、コーヒー豆が支給された。町のいくつかの喫茶店では、これを再現した「藩士の珈琲」を出している。たいていは昔ながらのやり方で淹れる。ドリップではなく、粉を布袋に入れて湯に浸して抽出するので、いまのハンドドリップより重く、まろやかな味わいになる。どの店もそれぞれのレシピでメニューに載せていて、決まった日にしか出さない店もある。
いい店が集まっているのは、駅から商店街を抜けて土手町へ向かう一帯だ。階段を上った先や、ビルの角の小さな看板の奥にあることが多い。喫茶店のマナーはいつもどおり。注文はひとり一杯、ほかの客を撮るときはひと声かけること。喫煙席を残している店もあると思っておきたい。観光案内所では、町のアップルパイを甘さ、酸味、シナモンの強さで評価したマップを配っている。アップルパイは、りんご畑を抱えるこの町が出したひとつの答えで、マップには喫茶店もいくつか載っている。
弘前では、雪の日ほど喫茶店の窓が明るく見える。
三十三の寺と黒い門
城の南西、黒門と呼ばれる黒い木の門をくぐると、禅林街が高い杉並木の下をまっすぐ延びている。両側に並ぶのは曹洞宗の寺、あわせて三十三か寺。津軽の藩主たちは一族の墓所として、また攻め手が戦いながら突破しなければならない守りの拠点として、ここに寺を集めた。雪の日の参道には、ほとんど音がない。聞こえるのは、寺の奥さんが雪かきをして道をつける音と、杉の梢で鳴くカラスの声だけだ。
参道の突き当たりには、津軽家の菩提寺である長勝寺がある。二層の三門は国の重要文化財で、その奥の境内には藩主一族の霊屋が並ぶ。町へ戻る途中、新寺町の寺町の近くにある最勝院には五重塔があり、日本最北の五重塔とよく紹介される。ごくふつうの住宅街の一角に建っているので、脇道の先で不意に姿を現す。
町の大工が建てた洋館
明治時代、弘前の棟梁・堀江佐吉は、函館で目にした洋風建築を独学で身につけた。そして故郷に戻り、それを木で建てた。彼が手がけた青森銀行記念館は、いまも城の東側近くに残っている。双子の八角塔をもつ旧弘前市立図書館は、追手門広場に移築された。その隣にある旧東奥義塾外人教師館は、一階がいまカフェになっている。市立観光館の裏手には、失われた建物を再現したミニチュア模型の庭がある。
藤田記念庭園には洋館があり、その喫茶室では、背の高い窓辺でアップルパイを食べる人の姿が見られる。下の斜面には日本庭園が段をなして広がり、岩木山がその背景を飾る。冬は洋館が開いていても庭園の一部は閉鎖されるので、午後の予定をここに合わせる前に庭園へ確認しておきたい。弘前のカトリックとプロテスタントの教会も、同じ通りから眺められる。
仲町の生け垣と、一杯の津軽そば
城の北にある仲町は、砂利道と刈り込まれた生け垣、黒い木の門が続く武家屋敷の保存地区だ。旧岩田家や旧伊東家など、いくつかの家は室内を公開している。囲炉裏や、この家々が冬を越した薄い紙の壁を見ることができる。ここでは町のどこよりもきれいに、雪が生け垣に沿って積もる。
昼は津軽そば。そば粉に大豆をすりつぶしたものを混ぜて一晩寝かせるので、やわらかく短い麺になる。だしは焼き干し、つまり焼いてから干したイワシでとる。地元の人は貝焼き味噌も頼む。ホタテの貝殻を鍋にして、卵と味噌を火にかけて煮たものだ。津軽流のほっとする味で、説明なしで品書きに載せている居酒屋もある。
アクセス、行く時期、そして駅の取り違え
東北新幹線で新青森まで行き、JR奥羽本線に乗り換えて弘前へ。本数が多くないので、新幹線の区間を予約する前にJR東日本の時刻表を確認しておきたい。秋田からは特急「つがる」が同じ線を北上する。弘前駅の観光案内所には地図があり、土手町へ向かう循環バスの最新情報も手に入る。運賃はそこか車内で確認を。城までは歩いて三十分ほどだ。
町のこうした顔に出会うなら、十月下旬から三月にかけて。十月と十一月はりんごの収穫と紅葉の季節。十二月から二月は雪の季節で、二月上旬には城の公園で雪燈籠まつりが開かれる。日程は毎年、市の観光サイトで発表される。喫茶店や小さな博物館は平日に一日休むことが多く、不定休のところもあるので、営業時間は各施設か弘前市の観光案内所で確認を。歩道は凍るので、しっかり滑り止めの効くブーツを用意したい。
避けたいのは、ふたつの駅を取り違えることだ。弘前駅はJRの駅。土手町に近い中央弘前は、小さな弘南鉄道大鰐線の終着駅だ。この路線の今後については地元で議論が続いているので、ここを軸に予定を組む前に運行会社に確認を。タクシーの運転手や通りがかりの人に道を尋ねるときは、行きたい駅の名前を略さずに伝えること。
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