英語原文からの翻訳です。訂正歓迎します。
会津四日 — 赤瓦の城、茅葺きの宿場、只見線
東北新幹線は福島を北へ抜けてゆくが、会津の姿を見せてはくれない。盆地へ入るには郡山(郡山)で降り、荷物を提げて低い在来線のホームへ下り、二両編成の列車を待つ。その列車は、画面のカウントダウンが終わったからではなく、車掌の準備が整ったときに動き出す。
速い列車が旅人を引き渡す場所
郡山から磐越西線(磐越西線)で会津若松(会津若松)まではおよそ七十分。緩やかな峠を越え、山々に囲まれた稲の盆地へと下ってゆく。東京からの通し運賃は新幹線でおよそ八千円、在来線区間が千百七十円ほど。そして新幹線とは違い、後半の区間は自由席だ — 好きな席に腰かけ、田んぼが広がってゆくのを眺める。
もっとゆっくり入る道もあり、それを好む旅人もいる。東武鉄道と会津鉄道は東京の浅草から鬼怒川の渓谷を遡り、会津田島で乗り換えて、同じ町まで約四時間で結ぶ。どちらの道も、同じ質素な駅に行き着く。出口のわきには足置き台ほどの大きさの赤い張り子の牛が座り、観光案内所では紙に刷られた時刻表を手渡してくれる。
赤瓦の城と、螺旋に建てられた堂
町の中心にそびえる復元天守、鶴ヶ城(鶴ヶ城)は、日本で唯一、赤瓦 — あかべ — を葺いた城の天守だ。会津の冬を越せるよう釉薬をかけた瓦は、十一月の灰色の空を背にするとほとんど茶色に見え、陽が差してはじめて色が立つ。天守への入場は四百十円、開場は八時半、入館は十六時半まで。最上階からは盆地のすべてが見渡せ、四方をぐるりと山が囲んでいる。
町を横切った飯盛山(飯盛山)の木立の丘には、さざえ堂(さざえ堂)が建つ。一七九六年に建てられたこの木造の堂は二重螺旋の構造で、一方の螺旋の坂を上り、もう一方を下りてゆくため、向かいから来る人とすれ違うことがない。拝観は四百円。その麓の七日町通り(七日町通り)には大正期の商店が軒を連ね、会津の漆器 — 会津塗(会津塗)— が、首をゆらゆらと振る赤べこ(赤べこ)の並ぶ棚のかたわらで売られている。
一本のねぎで食べるそば
大内宿(大内宿)は、旧会津西街道(会津西街道)に残る宿場だ。舗装されていない一本の通りに沿って茅葺き(茅葺き)の家が並び、かつては会津と日光のあいだを歩く旅人を泊めていた。行くには会津鉄道(会津鉄道)で南へ、湯野上温泉(湯野上温泉)へ向かう。この駅もまた茅葺き屋根を戴き、中では囲炉裏(囲炉裏)がくすぶり、ホームには無料の足湯がある。
駅から集落までは猿游号(猿游号)のシャトルが往復し、運賃はおよそ千百円。四月から十一月にかけてほぼ一時間おきに走るが、その季節を外れれば電話でタクシーを呼ぶことになる。頼むべき一皿はねぎそば(ねぎそば) — 蕎麦の上に一本まるごとの生の長ねぎ(長ねぎ)を横たえて供され、それを箸としても薬味としても使い、ひと口ごとに辛い先端をかじる。一杯は千三百円から千五百円。通りのいちばん奥の神社へ石段を上れば、茅葺きの屋根が眼下に灰色の二列となって並ぶ。
只見川に沿う、ゆっくりした路線
只見線(只見線)は会津若松を出て、只見川(只見川)に沿って新潟の小出(小出)へと西へ向かい、緑の鋼鉄トラスの橋で川を何度も何度も渡ってゆく。二〇一一年の水害でそのうち三つの橋が流され、最後の区間が再び開通したのは二〇二二年十月のこと。十一年ものあいだ、時刻表は山あいの途中でただ途切れていた。
誰もが目当てにする眺めは最初の橋、第一只見川橋梁(第一只見川橋梁)。三島町(三島町)の道の駅 尾瀬街道みしま宿(道の駅 尾瀬街道みしま宿)の上手にある山道から望む。杉木立のあいだを十分ほど上ると柵のある開けた場所に出て、眼下で二両編成の列車が水面を渡るとき — ダム湖から霧が立ちのぼり、静かな水面に山が二重に映る — それは十五秒で終わる。列車は一日に三本ほどしかないから、集まったわずかな人々は、いつ顔を上げればいいかを正確に心得ている。
会津は、急がない旅人にだけ姿を見せる。
行き方と、一日を支配する時刻表
十月の終わりか十一月のはじめ、只見のダム湖沿いの楓が色づく紅葉のころに来るといい。あるいは、雪をまとった橋と静まりかえった温泉町を望むなら二月に。会津での一日を台無しにする唯一の失敗は、只見線を地下鉄のように扱うことだ。一日三本の列車を一本逃せば次は二、三時間先、田舎の駅にあるのは自動販売機とベンチだけ。出発の前に会津若松で時刻表を写真に撮り、集落と橋の予定を時刻表に合わせて組み立てること。その逆ではなく。
もうひと駅、早起きに見合う場所がある。磐越西線で北へ十五分の喜多方(喜多方)では、朝にラーメンを食べる — 朝ラー(朝ラー)と呼ばれるこの習慣は、農作業を終えた人々が朝に立ち寄っていた時代の名残だ。店は七時までに開き、澄んだ醤油のスープに平打ちの縮れ麺を沈めて七百円から九百円で供する。一杯すすってから鈍行で戻れば、午後の光が平板になる前に、それでも最初の只見の橋にたどり着ける。
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