英語原文からの翻訳です。訂正歓迎します。
京都を出る鯖街道——小浜まで、二日の旅
京都のアーケード商店街、出町枡形(でまちますがた)の北の端に、一本の石標が立っている。刻まれているのは店の名ではなく、道の名だ——鯖街道(さばかいどう)。塩をした魚が、若狭湾から山を越え、人の足で運ばれてきた。七十キロほど。歩くあいだに、塩はちょうどよい塩梅に魚へなじんでいった。いま北陸新幹線は敦賀まで届いている。あの海岸を一時間ほど行った町だ。そしてこの道には、どこにも触れない。
一日目——朽木の谷へ
かつての道は、いまの国道367号にあたる。大原を抜けて京都を離れると、道は杉林のなかで細くなっていく。出町柳から福井県境まで、バスでおよそ二時間。
降りるべきは熊川宿(くまがわじゅく)。漆喰壁の商家が一本の通りに並び、その縁を石積みの水路が流れている。八月でも、瓶を一本立てて冷やしておけるほど冷たい。通りの中ほどにある小さな資料館が、荷を運んだ人々が何を背負っていたかを教えてくれる。
魚が旅立った町、小浜
小浜はそこからさらに一時間、若狭湾に面している。港には朝市が残り、町にはこの道が必要とした仕込みが残っている。へしこ——鯖を米糠と塩に一年漬け込み、薄く切ったもの。そして焼き鯖——一尾まるごと串に刺し、炭火にかけたもの。
内陸へ歩いて四分の三丁町(さんちょうまち)は、格子戸の茶屋が続く小径で、幅は人が二人すれ違えるほどしかない。静かだ。観光地の静けさではなく、住宅街の静けさで。
二日目——海のある奈良
一泊する価値があるのは、寺のためだ。南へ二十分、杉の谷あいに建つ明通寺(みょうつうじ)には、十三世紀の本堂と三重塔が残る。どちらも国宝で、平日の石段には人影がないことが多い。近くの神宮寺(じんぐうじ)は、毎年三月、奈良へ向けて水を送る。東大寺がその水を汲み上げるのは、十日のちのことだ。
小浜は「海のある奈良」と呼ばれてきた。
帰りは各駅停車で。小浜線を東へ、敦賀まで。そこには、この二日間を素通りした人たちのための新幹線が待っている。急がない道は、琵琶湖沿いを南へ下り、暮れがたの京都に着く。
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